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一即多、多即一.と天上天下唯我独尊の二つの言葉から  民主主義 [雑感]

6月23日、今日は太平洋戦争末期沖縄戦の戦没者慰霊の日です。
 

 一即多多即一という言葉は折に触れなにかにぶつかるごとに考える言葉です。この言葉に出あったのはもう何十年か前のことだったと思います。芥川賞作家の大城立裕さんの本の中だったと思います。書名を忘れてしまったのですが、沖縄の歴史とご自身の苦悩を描かれた本だったと記憶していますが、この本の中に一即多多即一という言葉が出てきました。沖縄の人の苦悩と歴史をはじめて知ったのはこの本でした。一即多多即一という言葉も天上天下唯我独尊も仏教の経典の中に出てくる言葉のようですね。

 一即多多即一の意味は自分の中に社会のみならず全世界の一切が含まれ、果ては大宇宙に連なる、自他合一、自分などというものはないという意味のようですが、世界に含まれ、世界を含むその一である個人は他人と別の唯一の存在。それが天上天下唯我独尊の意味かと思います。
 仏教にいう無の理解は難しいと感じてきましたが、すこし理解できたような気も。
生きていく上でいろいろの悩みや不安をもつ実際の自分を客観的に凝視してみればその存在は一即多多即一の因果の結果でつねに移ろうものであることに気づきます。
独自な自分などというものは存在しない。ということと実際いきている自分という両者であるとわかります。
 実際を生きている個人は釈迦の言葉でいうと、「欲しい欲しい、足りない足りない」という生存本能に突き動かされている存在。 
 自分一個のように思っている個人はこのように全世界宇宙につながっている存在なのですが、実際の自分が意識する認識は世界や宇宙のなかの些細な点のような認識にすぎない。どんなに頑張って努力した人でも個人の認識は限られていて、無明無知なのだと思います。そこに絶対や一なるものはない。民主主義はこの事実から出発していると思います。多様である事実を認めるその前提にたって共存や共生するシステムと思います。

 戦争が終わったのは五歳のときでしたから戦後の教育が始まった最初の年代にあたります。戦後教育を受けた、最初の世代が戦後の民主主義をどううけとめてきたのだろうかと考えます。戦後の民主主義教育が日本人の魂をダメにしたと考える人たちがいるのですがほんとうにそうなのでしょうか。
 戦争や戦争の時代を知ったり勉強したりするようになったのは学校教育の中ではなかったと思います。社会科の中のそれもほんのちょっとしか触れられない近代史ですから何も知らないといっていいのです。ただ当時は敗戦後の混乱を極めた時代でした。そこには食料を求めてぎゅうぎゅう詰めの列車で農村に買い出しに来る人達がたくさんいましたし、上野駅には何年も浮浪者がたくさんいました。親を亡くし住むところを無くした子どももたくさんいました。自分の身辺だけでなく映画や書物などを通して世界全体を覆った大戦の姿を知りました。しかし、戦争について今になって知らなかったことを知ることはたくさんありますし今になってからのほうが戦争についてよくわかるように思います。当時を知り学ぶことはこれからの時代が平和であるために大切なことと思っています。

 今日の朝日新聞朝刊に孤児として過ごした苦しい時代を見つめなおし、語り始めた「沖縄の孤児、語り継ぐ」という記事がのっていました。その記事の一部から。

 72年前の沖縄戦では一千人以上の孤児を生んだといわれています。
 孤児の一人、嘉陽宗伸さんは当時7歳、一緒に逃げた祖父と母は目の前で砲弾に倒れた。「バーンと音がして、母が覆いかぶさってきた。お腹の中が出て、、、二人即死だった。4~5日が過ぎたころ、米兵に見つかり、トラックに乗せられ、50人ほどの子どもが詰め込まれていたゴザ孤児園と呼ばれていた民家で嘉陽さんの戦後が始まった。2~3歳の子ども15人ほどをつれてこの孤児園で働いたことのある本村つるさん(92歳)の話「ミルクを飲ませるんだけれども、下痢してね。服もおしめもない。雑魚寝の子供たちは朝起きると体中、便まみれだった」
 沖縄の過酷を極めた戦争の姿がありありとうかがえます。
 
 時代は目まぐるしく新しく移り変わるのですが人間の基本はかわらないのではないでしょうか。
 戦争へと進んだ当時と現代人がどれほどちがっているのでしょうか。違っていると信じたいのですが。    
                   (続く)                
 

討論の前提

 ベランダに出ると雲一つない青空が広がっていました。梅雨のころといっても、晴れるとこんなにさわやかなのですね。幾分緩やかな風も通り過ぎてそれだけで幸せな気分になります。洗濯物を干し終わるころには薄い綿のような雲が二つみっつ。朝の仕事を一区切りしたところで、いつもと違う散歩コースに。今日はパパ(私の夫です。いまだに子供中心目線なのですが、人によっては旦那さんのことを宿六と言ったり、亭主と読んだり、名前だったり、あなただったり呼び方どうもぴったりくるものがないので困ります)が外出なので昼食の用意をしないでいいのです。時間たっぷり開放された気分です。

 お母さん、私は親として見落としていたと思うことがある、そのためにある時期の子どもにすまなかったと思っているといいましたね。
 それは絶対的な孤独という問題です。
 今子どもの自殺とか、いじめとか虐待とか、貧困とかがとても多いのです。子どもは年齢が低いほど、自分を表現したり、気持ちをまとめたりすることはできませんよね。最近はかなり幼児期、三歳くらいまでの周囲との関わりが重要だと認識されるようになってきましたが、時代が変わっても低年齢の子どもの孤立化、孤独は解決されているというより、ときにはひどくなっているとさえ思えるのです。これは何を意味しているのでしょうね。
 

 お母さん、人が安心して社会に生きていけるためには人と人の関係が大切ですよね。たぶん昔は個人と個人というより、社会がわくを用意していたのではないでしょうか。個人から見ると個人にとっての社会ではなく、社会から見た個人なのです。戦争まえは国民は天皇の赤子といわれ、天皇の言うこと、考えが絶対でそれに従って生活するものでしたね。その枠に従って生きればいいのですからある意味考えないで済むことです。でも絶対的天皇制はときの権力者が国民を統治するために利用し作り出したものですね。個人に何の発言権も時には拒否する権利も生存権さえ認めない社会は社会的問題の解決が難しくなると強権的に暴走しました。問題解決の力は持たなかったのです。もし日本が降伏しないで、あのまま本土決戦を覚悟し最後の一人まで戦うということになっていたら、今の時代を生きた人達はいなかったのですよね。

 人間は愚かですね。そう思ってしまうのですが。今も世界では最後の一人まで残されないような戦闘が続いています。課題はあまりにも大きいですね。ひとりひとりになにができるのでしょう。
でもね、お母さん私はアリにはアリの生き方しかできないように私には自分にできることしかできないと思っています。
 
 大切に思い、関心を寄せる。大切だとずっと思い続け関心を寄せ続ける。黙って聞く。ただひたすら黙って聞いているだけで相手が見えてくる。そこから本当の交流や対話がうまれるかもしれません。

 今日は土曜日で、祭りの日です。祭りには最高の日よりになりましたよ。たくさんの人がいます。出店もあります。木立の多い高台は祭りの喧騒からちょっと離れて人も少ないです。梢を渡る風に揺れる木々の緑がきれいです。





 

母への手紙

 お母さん、こんにちわ。
 最近のニュースをちょっとお話ししますね。もし私が60年後、娘や孫にその時の様子をつたえられたらどうでしょうね。幸せで平和な時代であってほしいと思います。
 今の総理大臣は安倍晋三氏です。この人は岸信介氏のお孫さんで、政治家の家系の人です。はじめはあまり安倍さんに関心はなかったのですが、今はかなり関心をもっています。なぜかというとお母さんが生きていらっしゃった時代と今とさらにこれからの日本の将来にとても深い関係を持つ、影響がある人だと思うからです。明治維新から将来の日本にまで至る時代を考えることといってもいいのですから、簡単なことではないですよね。
 お母さんやお父さんのこと、あるいはおばあさんの昔、いわば古い伝統のなかにあった日本と戦後からを考えると、わたしにはこれまで連綿として変わらず続いているものと違っていると思うことがあるのです。違いは個人の位置付けというか、個人の主体という問題です。たぶん大多数の人には昔は個人の主体などということは意識されてはいなかったのではないでしょうか。主体的な個人という意識がないということは責任も個人にないことです。でも今は民主主義だったり、自己責任だったり、ともかく建前は個人が主体なのですからこの違いは大きいですよね。
 今戦前の明治憲法のころに日本を戻そうという考えが一部で復活しています。これは重大なことなのですが。
 昔友人と戦争責任という問題を話し合ったことがあります。彼女の両親は戦前戦争反対運動をしたらしく、郷里を追われ、家族はとても苦労したようです。彼女は戦前国民は本当のことを知らされなかったのだからす国民には戦争責任はないといっていました。誰に戦争責任があるかということもですが、それと同時になぜ大東亜戦争に進んだのかということのほうが私は考えたい問題なのです。お父さんやお母さんが今いらっしゃったら、当時のいろいろのことを知りたかった。
 国民の多くは本当の情報は持たなくて、知らされることもなかった、直接政治に参加する参政権
も限られた人にだけ与えられていたのですが、戦後はすべての人が二十歳になると参政権が与えらえるようになった。努力すれば情報に接することもできますし、政治への参加も認められ、主権は国民にあります。ですから国民としての権利と責任はおおきいと思います。しっかりしなければなりませんね。

 なぜでしょうね。あの家にいた一人ひとりの人がよみがえるのです。近しいところにいた一人ひとりの人達です。 
 あの家の人達はみな深い孤独を抱えていたように思います。根から意地悪だったり、ひどいことをしたりするような人たちではなかったけれど、自分の辛い思いを抱えていてひ弱だったのではないですか。
 お母さんが亡くなった時、おばあさんは逆縁だといってとても嘆かれたのですよ。二度ですからね。おばあさんは慶長年代の生まれだと聞きましたが、家が大事でずいぶん波乱に遭遇しながら気丈でしっかりした人でしたね。そのおばあさんもお母さんが亡くなられてから、寄る年波とともに不遇だった、とても寂しかったと思います。そんなおばあさんの気持ちに寄り添うには私は若かったと思います。もっと頻繁に帰っていたらともう過ぎたことですけれどね。

 又お便りしますね。続きはそのとき。

目に余る?

 「蓮のは」というお坊さんが人々の悩みにこたえるサイトがあります。
 お坊さんに聞いてみたいことです。

 憂鬱な毎日です。憂鬱の理由はひとつです。仏教の本を読んでいると自分についての対処の仕方は良くわかる、とどのつまり自分に帰結するのですが、それで憂いが消えて無くなるかというとどうなのか、そのことを考えてみたいと思います。
 仏教者は本当のところ人類が救われるということについてどう考えているでしょうか。
 他力本願と無ということは仏教の中心にあるもののように私は解釈していますが、こう解釈してよいのでしょうか。仏教は自分を鏡に映してみることと寺の住職さんが言われていたということを前回書きました。他力本願とは阿弥陀様が願う力のことで、その阿弥陀様の人を救わずにいられないと願う力に頼って自分を救うという意味のようですね。阿弥陀の願い、釈迦の悟りのように人が努力するなら、この世界は浄土になるでしょう。
 A..S 二イルはすべては「気づくということの問題である」と言いました。釈迦の教えも気付きや認識の問題のように思います。
 でも人は誰でも本当に気づくことができるのでしょうか。気づこうと努力するより気づきたくないという利己のほうが強いのかもしれません。
 国政を預かる立場の人、権力を行使できる立場の人が自分たちの考えや利益のためにそれらを利用し、その立場を維持しようとしたら命がけになるのでしょうね。自浄努力など無理でしょう。
権限を自分に集め、行政に携わる役人には秘密保護の義務と人事権を振り回して思うままに、三権分立も有名無実化し(国会は安定多数で議事は数で決める、裁判所も裁判官の任命権がある)権力にたいする批判や監視機能がなくなれば、国政を私物化することは可能なのだと思います。この権力にぶら下がって国の財政をつかって自分たちの利益を測ろうという人達も現れる、こうした国になったら国民はどうなるのでしょうか。自分についてだけでなく、公について考えることも人としての仕事なのではないかと思うのですが。個と公をどう考えますか。
 私は他の宗教については全く知らないので質問の対象からはずしました。

 
 


 

前回の続きです。

 買いたい本があって本屋さんに行きました。ああやばいですね。「正義がゆがめれる時代」など四冊も買ってしまいました。旅行も友達とのお茶のみもなるべくしないようにして出費を少なくしているのに4800円の支出痛いです。
 ところで今日読んでいた本にこんな記述がありました。
 「戦後から70年代初めにかけての奇跡的ともいう経済成長は戦争ですべてが廃墟になった戦後復興にすぎない。この成功体験からすでに「成長の時代は終わったのに、終わったことにしないでだましだましやってきた。不可能性の時代に不可能を可能にするのは不正だけなのだ」
 これってああ、実感と思いました。
 需要できる経済力がなくなっているのに供給過多に。
 それにしてもこれから読書中心になってしまいそうです。

 
 「愛国と信仰の構造」全体主義はよみがえるのかを読んで、今の日本の状況がどちらの方向に進むかの大変な分かれ道になっていると思いました。
 なぜニイルの本をもう一度考えてみたいと思ったかはこれからの日本も世界も人を生かす社会になるか、人を殺す社会になるかの大変な分かれ目になっていると思ったからです。
 自分のことを自分で決めることができる自由と人と人の権利はフィフティヒィフテイという民主主義のもとに育てようという命を愛する人たちと懲罰や禁止、軍国主義など憎悪の人生否定との戦いであるとニイルは考えました。
 ニイルの言う自由は勝手気まま、自己中心の放縦の意味ではありません。



 国や民族、また個人のレベルでも歴史や伝統皆それぞれ違い、考え方も違いますが、人間であるという共通項があります。違いを認めながらそれでも共存するためには同じ人であるという共通項に立つ以外ないのではないかと思います。その共通項は命の尊重です。釈迦は殺傷をしてはいけないといいました。自分の命が大切なように相手の命も大切であると。
 憲法を改正しなければならないと考える理由はなんでしょうか。どうしてそう考えるのか、その主張を少しずつ読んでいますが、私はどうしても賛成ではありません。主な意図される憲法改正点は軍隊の明記と集団的自衛権と交戦権、武器使用など、さらに基本的人権の問題などでしょうか。
 
 

 「破壊と死に導くもの、そこには絶対に救いはない」というニイルの主張は正しいように私は思いました。
  
 次回戦前と戦後憲法の違いをもっとよく勉強してみたいと思います。

再びニイルにもどって考えてみる。理想と現実の間

 
 
   ニイル著作集6 問題の家庭から思うこと

 ニイルは人間の問題、世界の問題を問題の子の教育という長い間の実践とその観察から、今日の不安に満ちた社会を根本的に考察した人だと思います。
 イギリスのサマーヒルでの生涯を通した問題を持つ子を作らない教育実践で、教育のあらゆる方面にわたって問題の背後に何があるかを解明しました。そして子供たちの良き発達のために何をすべきか、新しい子供の取り扱いについて提言しました。問題の子とは不幸な子、問題を抱えた子どもという意味でしょうか。ニイルは問題を持つ子を作らない教育をとおして、闘争と破壊、疾病、戦争の絶えることのない世界から、真に平和で幸福な世界を築くことができると確信する卓抜な世界観をもつ偉大な思想家でもありました。

 今、日本では憲法改正の問題、喫緊のところでは共謀罪を巡る問題が議論されているのですが、根本にある問題に目を届かせることがおろそかになっているのではないかという疑問を持ちます。
 たとえば共謀罪ですが、犯罪になる前の計画、相談、準備の段階で取り締まるという法案ですが、この法律が適用される犯罪の範囲が明確ではなく(私などは読んでもいないのですが)、それが計画、準備段階の取り締まりだというのですから、普段からの監視が必要になります。
盗聴や市民からの通報、密告、通信傍受、車の移動監視などが行われ、取り締まる側の職権乱用や恣意的操作によって普通に暮らす人の基本的人権や思想信条の自由や表現の自由などまで取り締まりの対象にされ侵害される可能性も心配されています。もしわたしが今の政府の方向は危険だと思うと発言したとしたら、国家転覆の危険性ありと戦前そうだったように監視の対象になるのでしょうか。
 犯罪に脅かされる現実があり、安心して日常生活をおくることができないようになっていることも実際ですから、犯罪の取り締まりを強化してほしい、安心して生活できる社会になってほしいと思うのは市民の願いです。
 
 憲法改正の問題でも戦後の民主主義、基本的人権の尊重などによってあまりに自由や人権が尊重された結果利己主義がはびこってしまった、日本の心が失われているので日本の伝統文化に立ち返るべきという考えが日本会議や自民党、一部の政党にもつよくなっています。

 又日本の安全保障をめぐる問題では、中国や韓国、北朝鮮との関係を巡って安全保障環境が変化していると一部では憂慮する声がつよくなっています。そのために日本も軍備を増強して防衛すべきと。

 これらのなかなか解決の難しいい悩ましい問題の基本問題はなんでしょうか。

 理想と現実の間

 人間であることと人と人の間。人の住む世界と国と国の間  ということでしょうか。

 わたしにはニイルはこれらのことの根本に立ち返って考えたように思えるのですが。



 そのニイルの主張の一部から、
  子どもの困った行動を起こすコンプレックスの原因を知るだけでは子どもをよくすることはできない。この事実を知るためには私にとって長い年月を要した。子どもを直すということだけが教育者としての重要な任務ではない。教育者の仕事は子どもを直すということなどが必要のない新しい時代を生み出すことである。

 「子どもを直すということなど必要のない新しい世界」とは、ニイルはどういう世界をイメージしたのでしょう。ここにニイルが単に教育者にとどまらない卓越した世界観を持つ思想家であることがしめされているように思います。

 コンプレックスという言葉を知った初めのころ、コンプレックスというのは劣等感という意味と思っていたのですが、そうではなく無意識下の、あるいは一部意識された意識の塊のようなものという意味のようだと分かりました。劣等感とか、ある種の恐怖とか不安とか、先入観、偏見などこれらは人を左右しているコンプレックスということができるのだろうと思います。
 個人にとって重要な意味をもってその人を動かしている無意識下の塊はその人を苦しめたり、思わぬ方向につれていってしまったりしますから、自分をよく知るということはこうした苦しみをよく知ること、客観的に物事をとらえる訓練によってコンプレックスから解放される、あるいは冷静な対処の仕方ができるようになるということなのかと思います。
 コンプレックスは青年でも老齢でも年齢を問いませんが、子供は自分で自分の心を表現したり理解したりできませんから、大人が理解する必要があります。ニイルがこどもの困った行動を起こすコンプレックスの原因を知ってそれを取り去ってやることといっているのはそのためです。

            次回に続けます。
 
                      

再びニイルにもどって考えてみる。憲法問題をかんがえるために。二 [雑感]

 
 
 人生をあまくみるな。100年に一回、いや1000年に一回しかないような時代の大きなうねりに直面していながら、ただ一つ変わっていないのが日本人のメンタリティー。与えられることに慣れすぎている。あるいは与えられるのを待っているーーーーという落合信彦さんの指摘、わたしも同じように感じますが、個人的には人生を甘く見るなという戒めは日々強くなります。

 なぜというと、
 明治維新からの80年、戦後70年のその時代を考えると世界や社会がどう変化しているのかがわかるように思います。明治以降この間は不況や戦争をはさみながらも経済拡大を築きました。人類は経済的に成長を続けてきたといっていいのだと思います。でも経済的拡大が人間の幸福と全く同じかというとどうでしょうか。ある時期から富の偏在は拡大し続けています。地域的紛争もいつ終わるかわからない状態で続いています。生存ができないという人も大量に生み出されています。自然破壊も進んでいます。これらはプラスの一方で進んでいる負の側面だと思います。

 グローバル化が進行する中で、世紀のモンスターが世界を支配するようになっているというのは本当ではないでしょうか。はじめは軍産共同体が戦争がないと死んでしまうからあちこちで戦争を仕掛けてきた、今は国境がない国際金融投機が世界を支配しているといわれていますが。北朝鮮を巡る危機も北朝鮮のキム体制の問題だけで作り出されているのではないと思います。日本のマスコミの報道はキムジョンナムの危険性だけの問題のように報道されました。日本での危機感が韓国以上だったというのもいかに作り出されたものか、それが利用されている側面もあるのではと思います。

 朝鮮動乱は冷戦下での東西対立で、パルチザン闘争をしながら北朝鮮を独立に導いた金日正が率いる北朝鮮と中国ソ連対アメリカ韓国の連合軍との闘いでした。この戦争は東西冷戦の戦いでアメリカにとってイデオロギーをめぐる重要な意味があったのだと思います。この時同じ民族が南北に分断されました。東西の冷戦がなくなった今、世界の孤児のようになった北朝鮮を巡る問題が危機として浮かび上がってきたのはかってとは異なる要素が複数あるのではないかと思います。
 
 

 自分一個のことではもう老齢だから、先がながくない、自分なりに頑張ってその結果どう一生を終わってもいいと思うのですが、でも親であり、次の世代、これから先の時代について責任はないのかというとそうは思えないのです。親として何が問題だったのか、自分の経験を振り返ってみることはとても大事だと思っています。


  ニイル著作集6 問題の家庭から。

 なんと時代を予言していることかと思いました。
 ニイルはイギリスのサマーヒルでの生涯を通した問題を持つ子を作らない教育実践で、教育のあらゆる方面にわたって問題の背後に何があるかを明らかにしました。子供たちの良き発達のために何をすべきか、新しい子供の取り扱いについて提言しました。問題の子とは不幸な子という意味です。問題を持つ子を作らない教育をとおして、闘争と破壊、疾病、戦争の絶えることのない世界から、真に平和で幸福な世界を築くことができると確信する卓抜な世界観をもつ偉大な思想家でもありました。

   次回にもっとニイルの教育実践と自由の問題について考えたいと思います。


 



再びニイルにもどって考えてみる。憲法問題をかんがえるために。 一 [雑感]

 さわやかな緑の風に誘われて散歩に行きました。落合信彦さんの「豚」の人生、「人間」の人生という本をもって出かけました。
 この本が出版されたのは1999年4月でだいぶ前ですがその頃購入したのに、ほとんど読んでいなかったようです。
 
 人生をあまくみるな。コマーシャリズムに流されるな、人生の目的を見定めろ、本当の危機意識を持てなど、共感するところが大です。なにが危機か、この本が書かれたころよりもっと今のほうが両極化がすすみ深刻化しているように思います。対話と民主主義が形骸化していると感じるからです。

 本の中から

 今の日本は、古代アテネの世界最古の民主主義が崩壊していった過程とよく似ている。歴史家のトゥキディデスが言っているように、市民の一人一人が「誰かがやるだろう」「俺には関係ない」と思い始めたときから民主主義が崩れていった。で、アテネ市民よりもはるかに能のない人間が出てきて独裁者になっていくとしたら。

 財産ばかりか、命まで奪う国。
 日本の最大の無駄と言ったら、やっぱり政治家だな。それも害のある。日本の政治家はすべて甘くみている。97年大局を見誤って、消費税を3パーセントから5パーセントにあげても、大丈夫、「国民は何も言わないから」、結局経済危機を迎えちゃった。オレなら不明を恥じてバッジを外す。ところが一人でも「何もできなかった」と言って頭を下げてバッチを外したやつはいるか。この日本を大きくし、支えてきた中小零細企業がどんどんつぶれ、経営者が自殺していった。
とんでもない不良債権を生み出した銀行には公的資金を使い、ひたすら一生懸命働いてきた中小企業は見殺しにされた。日本を支えてきたのは彼ら。バブルは人災なんだからしっかり考えなきゃだめなんだ。
 涙のない政治にこそキレろ。君たちには無能な政治家を首にする義務がある。
 
 ズバリと鋭い、ああと考えさせられる内容です。若いこれからの人に読んでほしいなと思いましたが。




 憲法改正を巡る議論がさかんになってきました。安倍総理が2020年に憲法改正をしたいと日程をあきらかにしましたから、その是非はともかくとして憲法についての議論が日程にあがってくることは確実でしょう。
 今日、NHKスペッシアル「憲法・70年の潮流」という番組を見ていましたが、憲法についての議論の難しさを痛感しました。あらゆる要素が複雑にねじれあっているからです。十分に時間をかけてしっかり議論すべきだし、わかるようにしっかりした整理が必要ではないでしょうか。ゆめゆめこれだけの時間議論したからなどとセレモニーにすることがあってはあらないと思います。

 最近インターネットの記事で、ある大学の法学部の新入生を対象とした調査で若い人に憲法改正に賛成か反対かを調査すると5対4くらいの割で改正に賛成になるそうです。
 

 なぜ憲法改正が必要と考えるかについて。その理由であげられていたことが時代の変化に合っていないというもの。そして武力を持ち、自由に使う権利を認めることがそのまま戦争につながるとは思わない、自国を守るため、攻撃されない国作りが必要という、どちらかというと社会的変化に敏感な考え方のようです。法学部の学生でも憲法と法律の違いが分からなかったり、なんとなく今の社会が変わってほしいという気持ちがあって憲法を改正するとそうなるのではないかという気持ちもすくなくないようです。

 一方護憲派の考えは戦争を絶対的に否定する考えに支えられ、社会情勢に左右されない。むしろ問題の解決に武力による威嚇や戦争を用いないとした、過去の何度かの戦争の惨禍の教訓から導き出した平和主義や国民主権、立憲主義などをもっと自分たちの血肉にすべきという考えのようです。

 二つの考えの違いは簡単に埋まらないように思われますが、それだけにあらゆる角度からどれだけ議論が深められるかではないでしょうか。明日の世界をどういう世界にしたいのかが問われています。
 


 
 

危機は作り出されているのか。 [雑感]

 
 テレビの報道を見ていてずっと疑問に思うことがありました。もし自分が日本人ということを抜きにして今の世界のニュースをみたらどうだろうかと。例えば日本の報道は韓国や日本、アメリカを挑発しているのは北朝鮮だという前提で報道されています。それ以外の見方を聞いたことはほとんどありません。北朝鮮は悪で脅威であるから、北朝鮮の体制は変えなければならないという報道がほとんどです。アメリカの韓国や日本の基地を使った軍事作戦も日本や韓国にとっての脅威を取り除くための行動として日本政府はずっと全面的に支持しています。むしろ日本がお願いして守ってもらっているという立場です。だから危機があおられるにつれこれに対処するためにもっと軍事力を増強しなければならないという声が強くなります。
 兵器産業はより強力なものにする競争に果てしがありません。こんな高額な破壊兵器を買うのは国だけです。国民の税金が破壊兵器に使われてです。北朝鮮でも韓国でも、日本でもアメリカでも軍事産業はますます強大に、生活に苦しい国民は負担を強いられ、ますます国民生活は苦しくなるでしょう。

 危機は必要以上につくられているという疑問を感じますが、報道にはこうした疑問は少しも出てこない。日米政府の方針に乗った北の挑発はあるのか、あった場合はという報道ばかりで違和感がぬぐえません。


 北朝鮮から見たら、日米韓の軍事演習や金正恩の斬首作戦を含む軍事行動はアメリカの挑発と見えるのは当然ではないでしょうか。

 私は北朝鮮の一糸乱れない軍人の行進など見るととても住みたくない国です。北朝鮮の中がどうであるのか、人々の暮らしがどうなっているのか、よくわからないし、正確な判断はできませんが、今の政治体制は不幸ではないかと思っています。さらに拉致など許せない行動であり、何をおいてもすぐに拉致された人は返されなければならないと思いますが、他の国がその国の体制を武力などで強制的に変えたりすることが許されることでしょうか。なぜなら、その国の在りかたはその国の国民が判断することではないでしょうか。もし無理にそうしたら、北朝鮮の国民にも大きな犠牲が出るでしょう。
 核の脅威がないとは言えないことですが、何もしない相手に核兵器を使うことは現実的ではありません。危機を少なくする努力は別にあるのに、なぜ今北朝鮮問題なのでしょうか。

  
 

明日を考える。

 やっと「愛国と信仰の構造」を二度読み終わったところです。すらすらと読み通せるものではありませんでした。何度も何度も立ち止まって考えながら読み進めなければならなかった。読み終わってもまだこれからも何度も手にとることでしょう。明日を考えたとき、個人として今どうあったらよいのか突き付けられる問題ばかりだったからです。

 私が生まれたのは政党が解散して大政翼賛会に統一されたその翌日なのですが、近代日本の歴史は75年で区切ることができるといわれます。明治維新から数えて75年経て日本は戦争に突入しました。この75年を細かく見るとだいたい25年ぐらいの単位で大きな変化をしているそうです。
 江戸幕府から明治へと変わった時から最初の25年くらいは西洋列強の仲間入りを目指して富国強兵にまい進した時期にあたりますが、明治新体制をつくるにあたって、幕府を倒した下級武士は体制批判の「下からのナショナリズム」という性格を持ちながら同時に儒教的エリート意識を持っていたため、国家への忠誠心などを狙って、天皇崇敬、皇室祭祀、神社の優遇などをとおして天皇を求心力として国家を強くする政策をとったのでした。


 維新政府は神仏分離令を公布して、神社を自立させ、祭政一致の天皇が行う皇室祭祀と定めました。古代から行われていた宮中祭祀は新嘗祭だけでしたが、(ほかに伊勢神宮では神嘗祭があった)明治に入っていろいろ作られ、これらは祝祭日として学校や様々な場所でお祝いの行事がもたれ国民の中に浸透していきます。皇室祭祀と連携しながら全国の神社が一元的に統合され、国家神道の重要な構成要素となっていきました。

 国家神道の教の中身は「天照大御神やほかの神的存在が据えた確固たる根源に従い、歴代の天皇が受け継いできた治教である」すなわち他の宗教とは異なる「治める教え」ということです。
国家神道は宗教ではない、国が管理するものという二重構造の制度設計をしたわけです。こうして国家神道は他の宗教より一段上に立つものとして他の宗教を組み込んでいくことになりました。

 日本帝国憲法でも信教の自由は認めていますが、この憲法は神権的国体観念と西洋的立憲主義を接ぎ木したもので、立憲主義と国家神道のどちらに軸足を置くかで全く運用のことなるものだったのです。

 天皇を中心において「上からの統合」を目指した明治維新をどうみるか、儒教(祖先への孝と君主への忠、日本では孝より忠のほうに重きが置かれる)から派生した尊皇の政治の希求と古代への回帰というユートピアの合体したものとみることができるのでしょうか。


今安倍政権を背後から支え、閣僚の中にも多いといわれる日本会議は天皇を国の中心に国家統治をする政治体制への回帰を目標にしているように思われます。これは明らかに現憲法の主権在民とは異なるのですが、安倍政権が秘密保護法や安保法制の改定、共謀罪などの制定を通して目ざしていることは本当はどこにあるのでしょうか。このことについて私が感じていることは後で書きたいと思います。しかしはっきり見きわめる必要があるのではないかと思っています。

 次回、神権的国体思想がその後どのような経過をもって超国家主義的全体主義になったのか、戦争へと雪崩を打って進んでしまったのか考えたいと思います。そこに日本がこれから先の経験から学んで明日につなげるヒントがあるのではと思います。
  

       





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