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なんのためにブログ書く?

 なんのためにブログを書いているのだろうか。この問を何度も自分にむかってしていました。初めのシリーズ自問自答、いろいろ引っかかりながら考えたいからはじめたように、一番は自分をしっかりつかみたいと思ったのです。それなら、ひっそり自分だけで自問自答をすればよいのですが、誰でも他の人が見ることができるネットに表示したのは、もしかしたら、私と同じように自分とは何か、自分と他人、あるいは公共、社会、自然や宇宙との関係とか考えている人が大勢いるかもしれないし、どこかでつながったり、交流したり刺激や新しい発見ができたりしたらいいと思ったからでした。自分も発言し、他人の発言も知る、そこに交流の場が生まれる、それが民主主義の一歩でもあるのかなと思います。今民主主義が問われています。個人のレベルからしっかり考えたい。政治家や国のリーダーが何を考えているのか(がっかりしたり、耳を疑ったりしてしまうことも)より実際は国民が何を考えるかによって国の将来が左右されるのではないかというのが最近強く感じることです。

 最近読んでいた本で印象がつよかった本。


「うつの八割に薬は無意味」井原裕 Asahi Shinsho
「愛国と信仰の構造」中島岳志、島薗進 集英社新書
 
  悩んだり関心を持ったりしているテーマに関係しています。

 先日オバマ大統領が被爆地ヒロシマを訪れました。オバマさん個人としてはもっと早く広島を訪れたかったのではないかと思います。そして長崎も訪れたかったことでしょう。翌日、朝刊を買いにゆき広島でのオバマさんの演説の全文を入手しました。テレビ各局のニュースで世界各方面の反響なども聞きました。演説するオバマさんの後方には常に一緒に携帯されている核のボタンを入れたケースがあります。そのアメリカでは新型核巡航ミサイルに30年間に一兆ドル(日本円110兆円)もの予算が使われようとしているというのですからびっくりです。でもこれがオバマさんが背負っている現実なのです。原爆資料館は原爆の惨さを、人類にとって二度と使われてはならない悪魔の兵器であることを証明しています。しかし、世界の指導者の多くがその悪魔性を本当には知らずにいるのではないでしょうか。そして人々も。
オバマさんの演説で印象に残ったこと。

 オバマ演説で印象に残った言葉。

 ここ広島を訪れたのはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるためです。

 食糧不足、富への渇望、国家主義的な熱烈な思いや宗教的熱情に突き動かされ、文明の歴史は戦争にあふれています。いくつものの帝国の興亡があり、人々は服従を強いられたり、解放されたりしました。それぞれの時期に罪なき人たちが犠牲になり、時がたつにつれて忘れられていきました。

 戦争は、もっとも単純な部族間の紛争となった、支配や征服をしたいという本能と同じ本能から生まれてきたのです。新たな能力によってその古いパターンが増幅され、ついには新たな制約がなくなってしまったのです。
数年の間(第二次世界大戦の)で6千万人もの人たちが亡くなりました。男性、女性、子ども、私たちとなんらくぁりのない人たちが、打たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、投獄され、飢えやガス室で死んだのです。
この戦争を記録する場所が世界に数多くあります。
しかし、この空に立ち上がったきのこ雲のイメージの中でもっとも、わたしたちは人間性の中にある根本的な矛盾を突き付けられます。私たちを人類たらしめているもの、私たちの考えや想像力、言語、道具を作る能力、自然を自らと区別して自らの意思のために変化させる能力といったものこそが、とてつもない破壊能力を私たち自身にもたらすのです。
物質的な進歩や、社会の革新がこの真実からわれわれの目をくらませることがどれほど多いことか。気高い名目のため暴力を正当化することはどれほど容易か。
技術の進歩は、人間社会が同様に進歩しなければ、我々を破滅に追い込み可能性がある。
私たちは歴史を直視する責任を分かちあっています。こうした苦しみの再発を防ぐためにどうやり方を変えるべきなのかを問わねばなりません。

 道徳的に目覚めること、それは未来のために誰にも課せられている宿題のように思いました。