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再びニイルにもどって考えてみる。憲法問題をかんがえるために。 一 [雑感]

 さわやかな緑の風に誘われて散歩に行きました。落合信彦さんの「豚」の人生、「人間」の人生という本をもって出かけました。
 この本が出版されたのは1999年4月でだいぶ前ですがその頃購入したのに、ほとんど読んでいなかったようです。
 
 人生をあまくみるな。コマーシャリズムに流されるな、人生の目的を見定めろ、本当の危機意識を持てなど、共感するところが大です。なにが危機か、この本が書かれたころよりもっと今のほうが両極化がすすみ深刻化しているように思います。対話と民主主義が形骸化していると感じるからです。

 本の中から

 今の日本は、古代アテネの世界最古の民主主義が崩壊していった過程とよく似ている。歴史家のトゥキディデスが言っているように、市民の一人一人が「誰かがやるだろう」「俺には関係ない」と思い始めたときから民主主義が崩れていった。で、アテネ市民よりもはるかに能のない人間が出てきて独裁者になっていくとしたら。

 財産ばかりか、命まで奪う国。
 日本の最大の無駄と言ったら、やっぱり政治家だな。それも害のある。日本の政治家はすべて甘くみている。97年大局を見誤って、消費税を3パーセントから5パーセントにあげても、大丈夫、「国民は何も言わないから」、結局経済危機を迎えちゃった。オレなら不明を恥じてバッジを外す。ところが一人でも「何もできなかった」と言って頭を下げてバッチを外したやつはいるか。この日本を大きくし、支えてきた中小零細企業がどんどんつぶれ、経営者が自殺していった。
とんでもない不良債権を生み出した銀行には公的資金を使い、ひたすら一生懸命働いてきた中小企業は見殺しにされた。日本を支えてきたのは彼ら。バブルは人災なんだからしっかり考えなきゃだめなんだ。
 涙のない政治にこそキレろ。君たちには無能な政治家を首にする義務がある。
 
 ズバリと鋭い、ああと考えさせられる内容です。若いこれからの人に読んでほしいなと思いましたが。




 憲法改正を巡る議論がさかんになってきました。安倍総理が2020年に憲法改正をしたいと日程をあきらかにしましたから、その是非はともかくとして憲法についての議論が日程にあがってくることは確実でしょう。
 今日、NHKスペッシアル「憲法・70年の潮流」という番組を見ていましたが、憲法についての議論の難しさを痛感しました。あらゆる要素が複雑にねじれあっているからです。十分に時間をかけてしっかり議論すべきだし、わかるようにしっかりした整理が必要ではないでしょうか。ゆめゆめこれだけの時間議論したからなどとセレモニーにすることがあってはあらないと思います。

 最近インターネットの記事で、ある大学の法学部の新入生を対象とした調査で若い人に憲法改正に賛成か反対かを調査すると5対4くらいの割で改正に賛成になるそうです。
 

 なぜ憲法改正が必要と考えるかについて。その理由であげられていたことが時代の変化に合っていないというもの。そして武力を持ち、自由に使う権利を認めることがそのまま戦争につながるとは思わない、自国を守るため、攻撃されない国作りが必要という、どちらかというと社会的変化に敏感な考え方のようです。法学部の学生でも憲法と法律の違いが分からなかったり、なんとなく今の社会が変わってほしいという気持ちがあって憲法を改正するとそうなるのではないかという気持ちもすくなくないようです。

 一方護憲派の考えは戦争を絶対的に否定する考えに支えられ、社会情勢に左右されない。むしろ問題の解決に武力による威嚇や戦争を用いないとした、過去の何度かの戦争の惨禍の教訓から導き出した平和主義や国民主権、立憲主義などをもっと自分たちの血肉にすべきという考えのようです。

 二つの考えの違いは簡単に埋まらないように思われますが、それだけにあらゆる角度からどれだけ議論が深められるかではないでしょうか。明日の世界をどういう世界にしたいのかが問われています。