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再びニイルにもどって考えてみる。憲法問題をかんがえるために。二 [雑感]

 
 
 人生をあまくみるな。100年に一回、いや1000年に一回しかないような時代の大きなうねりに直面していながら、ただ一つ変わっていないのが日本人のメンタリティー。与えられることに慣れすぎている。あるいは与えられるのを待っているーーーーという落合信彦さんの指摘、わたしも同じように感じますが、個人的には人生を甘く見るなという戒めは日々強くなります。

 なぜというと、
 明治維新からの80年、戦後70年のその時代を考えると世界や社会がどう変化しているのかがわかるように思います。明治以降この間は不況や戦争をはさみながらも経済拡大を築きました。人類は経済的に成長を続けてきたといっていいのだと思います。でも経済的拡大が人間の幸福と全く同じかというとどうでしょうか。ある時期から富の偏在は拡大し続けています。地域的紛争もいつ終わるかわからない状態で続いています。生存ができないという人も大量に生み出されています。自然破壊も進んでいます。これらはプラスの一方で進んでいる負の側面だと思います。

 グローバル化が進行する中で、世紀のモンスターが世界を支配するようになっているというのは本当ではないでしょうか。はじめは軍産共同体が戦争がないと死んでしまうからあちこちで戦争を仕掛けてきた、今は国境がない国際金融投機が世界を支配しているといわれていますが。北朝鮮を巡る危機も北朝鮮のキム体制の問題だけで作り出されているのではないと思います。日本のマスコミの報道はキムジョンナムの危険性だけの問題のように報道されました。日本での危機感が韓国以上だったというのもいかに作り出されたものか、それが利用されている側面もあるのではと思います。

 朝鮮動乱は冷戦下での東西対立で、パルチザン闘争をしながら北朝鮮を独立に導いた金日正が率いる北朝鮮と中国ソ連対アメリカ韓国の連合軍との闘いでした。この戦争は東西冷戦の戦いでアメリカにとってイデオロギーをめぐる重要な意味があったのだと思います。この時同じ民族が南北に分断されました。東西の冷戦がなくなった今、世界の孤児のようになった北朝鮮を巡る問題が危機として浮かび上がってきたのはかってとは異なる要素が複数あるのではないかと思います。
 
 

 自分一個のことではもう老齢だから、先がながくない、自分なりに頑張ってその結果どう一生を終わってもいいと思うのですが、でも親であり、次の世代、これから先の時代について責任はないのかというとそうは思えないのです。親として何が問題だったのか、自分の経験を振り返ってみることはとても大事だと思っています。


  ニイル著作集6 問題の家庭から。

 なんと時代を予言していることかと思いました。
 ニイルはイギリスのサマーヒルでの生涯を通した問題を持つ子を作らない教育実践で、教育のあらゆる方面にわたって問題の背後に何があるかを明らかにしました。子供たちの良き発達のために何をすべきか、新しい子供の取り扱いについて提言しました。問題の子とは不幸な子という意味です。問題を持つ子を作らない教育をとおして、闘争と破壊、疾病、戦争の絶えることのない世界から、真に平和で幸福な世界を築くことができると確信する卓抜な世界観をもつ偉大な思想家でもありました。

   次回にもっとニイルの教育実践と自由の問題について考えたいと思います。